2026年7月11日(土)
晴れ
歩数計 22,400歩 16.8km 積算歩行距離(11,111km) 1が並んだ!
My Edit による古い写真の修復とカラー化
80年前に撮影した写真の傷みを修復してカラー化しています
当時、私は6歳 戦後1年目の混乱期です
今の横浜市関内近くにあった自宅は空襲で全焼、土地は接収されて米軍の基地になってしまったので
近くの元町に引っ越して雨露をしのぐ程度のバラック小屋で生活を始めたころの写真です
当時は日々の食べ物を拾い歩く生活で、カメラなど贅沢品を持つ人は少なく、写真と言えば
白黒写真でした(カラーフイルムは米軍基地内の売店(PX)で売っていたようですが日本人は入れません)
昔の写真は美術商、画家でもあった父親が撮った写真で、腕は良いものの、カメラも
フイルムも何とか撮れる程度の粗悪品で、現像所も機材、印画紙、薬品が手に入らなかった時代
ですから出来上がった写真の質はかなり悪いです
ピンボケ、ノイズだらけで観賞に耐えませんが、それでも往時を偲ぶ貴重な資料です
今日の1枚は、自宅のすぐ脇を通る市電の元町停留所付近を撮影したもので
一段高いだけの停留所に、子どもたちとともに駐留軍の兵士が数人立っている姿が見られます
オンライン画像編集ソフトのMyEditに古い写真の修復機能があるので、aiに『ピントを合わせて
空のノイズを除去し白黒の濃淡から色を推定してカラー化して下さい』と指示して修復しました
これが本当の色かどうかは分かりませんが、自分の記憶色に近く、高画質になり拡大しても
観賞に耐える写真になりました
現在は市電は廃止されて風景は変わってしまいましたが、二つのトンネルは残っています
トンネルの向こうは三渓園、杉田海水浴場につながる市街地で、海側の景色が良いところは
金網のフェンスで囲われた米軍の広大な家族宿舎が延々と連なり、緑の芝生、アメ車のガレージ
公園などが点在し、住む家も無い日本人には目に毒な別天地の世界でした(今は返還されている)
子どもの頃の懐かしい風景です
古い写真を毎日1枚ずつ修復しています(MyEditは無料ソフトですが無料で使えるのが1日1枚だから)