2026年9月24日(木)
晴れ
歩数計 12,400歩 9.3km 積算歩行距離(11,581km)
戦時国債、80年前の悪夢
一時、152円まで進んだ円高が158円まで売られている。
日本が売られていますね。
どこまで進むかインフレが・・・
80年前のハイパーインフレの悪夢がよみがえります。
戦争の経費に充てるため、国は「戦時国債=報国債権」を発行して国民から戦費を調達しました。
額面は1円券(現在の2,500円相当)、5円券、10円券(現在の25,000円相当)などがあったそうです。
買わせる仕組みは強制的ではなく、買わなくても罰則はありませんでしたが、会社員なら
「報国貯金」という名目で半ば強制的に給料から天引きで買わされたようです。
報国貯金は10円据え置きの定期性預金で事実上は国債と同様、途中引き出しは不可能でした。
国からノルマが課されるので買わない社員は人事評価で非協力者として影響があったようです。
一般国民は「隣り組」「学校」「商店組合」などを通じて買わされ、強烈な同調圧力のもとに
協力しない人は「非国民」という烙印を押されて地域に住めなくなったという話もあります。
国債にはプレミアムがついて額面の3割り引きくらいで買い、10年後に額面金額が償還されるという
設計(年利4%くらいに相当)、あるいはくじ付き債券もあり当選すると賞金がもらえるとか
射幸心を煽る債券もあったそうです。
しかし、戦争に負けてハイパーインフレで国債は紙くずになりました。
国は借金を踏み倒したわけではありません。
きちんと約束どおり額面を償還しました。
でもねぇ、お金の価値がなくなっちゃった。
25,000円相当の価値があった10円で駅弁1個しか買えなくなっちゃった。
我が家でも父親のカバンの中に戦時国債の束(数cmの厚さ、かなりの金額だったと思う)
があったのを子ども心に覚えている。
商店を経営していた父が、戦争に勝つ夢をみてお国に協力した証ですが、父は戦後、何も愚痴は
言いませんでしたね・・自分の判断ミスではなく、みんなが買わされたんだから仕方ない
戦後すぐ(1946年)に預金封鎖令が出て旧円は新円に切り替えになりました。
旧円の10円は新円の10円に交換してくれましたが、タンス預金は交換期限が決められて
期限を過ぎると無価値になると通知されたため、隠し財産があぶり出されて多額の税金、
相続税が徴収されたそうです。
戦時中は報国債券だけでなく、隣組組織を通じて自主的な献金運動が盛んになり、
戦闘機・兵器の献上運動が盛んにおこなわれました。
戦闘機や爆撃機の横腹に「報国号=海軍」、「愛国号=陸軍」などと献金団体名が書かれて
郷土愛を高める仕組みです。
自主献金とはいえ、献金しないと「非国民」ですから実質強制献金でした。
町ぐるみ、県ぐるみ、企業も個人も競って献金したそうです。
いまの日本の国債はデフォルトになる可能性は低いと思いますが、価値はどんどん低くなって
いますね。
額面は変わらないけど、物価が高くなり同じものでも半分しか買えません、
80年前の悲劇を知る身には、国は危うい綱渡りをしている曲芸師のように見えます。
制御できないインフレになったらどうしましょ。